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不機嫌ハラスメント、自分に厳しく生きる

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不機嫌ハラスメント

機嫌が悪そうな人がいると、人はどうしても気になってしまう。「なにかあったのかな?」「どうしたのかな?」なんて思い、その人にムダに優しく接してみたりして。機嫌が悪い人がいると周囲がその人に従うような構図は勝手にできてしまうもの。だから、機嫌が悪いというのは悪なのだろう。

最近では、不機嫌ハラスメントというものもあるらしい。

不機嫌ハラスメント(ふきげんハラスメント)とは、職場や家庭などの人間関係において、特定の人が不機嫌な態度や表情を意図的・無意識に周囲に示すことで、相手に精神的な圧力や不快感を与える行為のことです。略して**「フキハラ」**とも呼ばれます。

私も機嫌が悪くなってしまうときがある。その原因は環境だったり、体調だったり。そのときは頭では機嫌を良く過ごしたいと思っていても心がうまく応えてくれないときがあるのだ。なので機嫌が落ち着くと本当に申し訳ないと謝るのだけれども。謝るなら機嫌良く過ごせよと自分でもツッコミたくなるが、本当にうまくコントロールできないときがある。そのときは機嫌が悪い波がすぎることを待つしかない。

子どものころはイヤなことがあればすぐに不機嫌になっていたけれども、大人になると不機嫌は余計にイヤな気持ちになることを知っているので簡単に不機嫌になることはない。

そして、不機嫌はカッコ悪いと思っている。不機嫌な人を見て「素敵!」と思ったこと一度もない。それよりも不快な感情を抱くほうが多い。なので、不機嫌は本当に悪だと思っている。私は常に機嫌良く(良くというよりフラットに)過ごしたいし、あの人はいつでも機嫌が良い人だと思われたい。

自分の機嫌は自分で取ろう。そして、機嫌良く過ごそう。

自分に厳しく生きる

RIKACOのYouTubeを見ていたら本人がこんなことを言っていた「できるだけ自分に厳しくいようと思っている」この発言は自分のカラダ、健康のためにどんなモノを食べるかをしっかり気をつけているという意味での言葉だったのだけれども私は色んなことに当てはまるなと思った。

たとえば情報もそうだ、ジャンクな情報(SNS系)ばかり見ていると脳と心が疲弊する気がするのだ。脳と心が消化不良を起こしているような感じ。しかも、時間もあっという間にすぎていくし何も学びはないのがオチ。これだったら寝ていたほうが有意義ぐらいの話だ。

とは言っても、自分に厳しく生きることは容易いことではない。ためになる本を読むより、ジャンクなネットニュース見る方が楽だし。ヘルシーな料理を適量で食べるよりも、味が濃くて腹がはち切れるぐらい食べたほうがその瞬間の満足度は高い。

でも、長い目で見たときにその生活は良い結果を生むかと言われる生まないと思う。自分の対してある程度負荷をかけていかないと、自分の望む形にはなかなかならない。

自分に厳しくすることは、自分の未来に投資することだろう。たとえば健康でいるために食事に気をつけること、知識や考え方を深めるために質の良い情報を選ぶこと。それらは目先の快楽を我慢して得るものだけれども、その先にはきっと後悔しない自分がいるはず。

健康な体で毎日を過ごせる喜びや、深い知識を得て自分に自信が持てるようになる感覚。それらは、一時的な楽では得られないものだ。

ABOUT ME
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どこにでもいる凡人
1984年生まれ。平凡な20代、怒涛の30代を経てシンプルに生きることを決意。 バツ1。現在は子育てをしながら、日常で思ったことをブログに書いてます。趣味は走ること、写真を撮ること、読書。
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