日常

気の利いた言葉を探すより、気楽な会話を覚えたい

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気の利いた言葉が出てこない

私は、いわゆる“気の利いたひと言”をパッと口にするのが苦手だ。

子どもが幼稚園に通っていたとき、毎日お迎えに行っていた。そのたびに先生と顔を合わせて、一言二言の簡単な会話のようなものをしていた。

たいていは「こんにちは」「ありがとうございました」をドラマの端役みたいに決まったセリフだけを口にしていた。

たまに、子どものことで先生と話すこともあった。そのときはもちろん、決まったセリフを一方的に投げるだけではいけない。言葉のキャッチボールをしないといけないのだ。

そんなとき私はつい、「気の利いた言葉を言わないと」と焦ってしまう。

普段から誰かと話す機会がそんなにない。いや、話す機会はあるけど「気の利いた言葉を言う」タイミングがない。

私が得意とするのは、会話の主役ではなく、横から「そうそう」と相づちを打つ“ガヤ”のような役だ。

盛り上げ役は得意ではあるけれど、話をリードするのはちょっと苦手。

友だちからはよく喋ると思われているが、実は相槌の存在感がありすぎるだけなのだ。

会話が苦手

先日、子どもの担任と顔を合わせることがあった。運動会が近いこともあって、話題は練習の様子の話。「うん、うん」「あーそうなんですか」「楽しみにしています」と私は会話を終えたつもりが、先生が最後に「よろしくお願いします」と言ってきた。

これに対して、私はまた「楽しみにしています」と言ったのだ。

「楽しみにしてます」を数十秒の中で、二回も言った自分がなんだか恥ずかしくなった。もっと違った言葉があっただろうと、すぐに自分の中で反省会をした。

周りの親を見てると、うまく話してるなぁと感心してしまう。先生とも、親同士でも、子ども相手でも、そつなく会話をこなしている(ように見える)。

どうしたらそんなにうまく話せるのだろうか。でも、こうやって言葉に詰まるのは、今に始まったことじゃない。

こんなことを言われた記憶がある「おもしろいことを言おうとするからじゃない?」。

これを言われたとき、妙に納得してしまった。そういわれてみれば、会話をどっと盛り上がるような言葉をいつも言おうとしている。

たいていの人は、どっと盛り上げようとしていないのかもしれない。ふつうに話したいことを話してるだけなのかもしれない。

きっと私はそんなに自分から話したいことがないのだろう。「話すことよりも、相手に面白いと思ってもらえる一言を言いたいだけなんだ!」このような独りよがりな考えが、そつない会話の邪魔をするのかもしれない。

サービス精神が先行して、うまく頭が回っていないのが残念だと我ながら思う。

まずは、“気の利いた言葉”の前に、“気楽な会話”の練習から始めよう。

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日常エッセイスト
1984年生まれ。エッセイスト。 小さなできごと(いいことも、わるいことも)を、ここに書き留めています。
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