子どものYouTubeの音がつらいと思った日、昔の自分を思い出した
子どもが見るYouTubeの音に、耐えられないときがある。
じゃあ耐えられる日もあるのか?と言われると、うーん、考えてみたらない。できたら、静かに過ごしたいと思う。自分勝手なことを言えるなら、私はラジオでも聴いて過ごしたい。
無作為に流れてくるJ-popの合間に、DJがリスナーのコメントを読み上げる。リスナーのコメントに、いろんなことを考える人がいるもんだな、と言葉には出さないけど、頭の中で処理をする。そのうちにまた、懐かしいJ-popが流れて、いつかの日のことを思い出す。
時間はそんなふうに、過ぎてほしい。
もちろん子どももYouTubeを、一日中みてるわけではない。子どもがYouTubeを見てる間、時計の針は文句一つ言わずに、少しずつコツコツと働く。見終わったときには二周ぐらいしてることもある。
YouTubeから流れてくる音は、私の耳の中を通り抜けていく。意識を傾けなくても、そちら側から近くに寄ってきて、アピールをする。「わたしたちの動画、めっちゃ楽しいですよー!ギャハハハ!」・・・。
よく知らない人の声や、効果音だらけに疲れるときがある。そんなときは、耳栓をしてやり過ごしたりもする。遠くからうっすらと、にぎやかな声は聞こえるけど、雑踏の中で過ごしていると思えばいい。
子どものころ、家族で遠くに出かけることがあった。そのときはたいてい、車で移動した。私はそんな車移動が好きだった。できれば、遠ければ遠いほどいい。
そうすれば、外の景色を見ながら、好きな音楽を聴いていられるから。車という小さな空間の中で、家族といたら息苦しいような気もするけど、音楽に耳を傾けて景色を見てる時間は最高だった。
小学生の私はまだウォークマンは持っていなかったので、車に搭載されているオーディオで、音楽は聴くしかなかった。親はラジオを聴いていたけど、子どもの頃の私にはつまらなくて、早く音楽番組にならないものかと思っていた。その頃の週末はヒットチャート番組が結構あったのだ。
会話だけのラジオの時間になると、「音楽をかけてもいい?」と訊いてCDを流していた。しばらくすると親が、「最近の音楽はガチャガチャしてる」「もうそろそろ、止めてもいいか」と言い出す。私はがっかりするけど、仕方ないと興味のないラジオをBGMに外を眺めていた。
いつの時代も親にとって、子どもが好む音は疲れるものなのかもしれない。子どもにとっては、親が聞くものはなんておもしろくないんだろう、と思ってるかもしれない。
みんな大変ですね。
補足:最近は、目によくないから、動画の視聴を制限している。代わりに読書を勧めてみた。そうすると子どもは「読書も目に悪いんじゃないか」と言い出すから困ったものだ。

