推し活の世界から少し離れた場所で
推し活が流行っている。
もちろん昔から、推し活はあった。誰にも気づかれないようにと、一人で楽しみを噛み締める推し活。好きを公言して布教するような推し活。推し活は、人の数だけある。どれも立派な推し活だ。
推し活は人物からモノまで多岐に渡る。アイドルでもいいし、アニメのキャラ、バンド、建物、電車・・・。とりあえず本人が推していれば推しなのだ。
私にも心がときめくようなアイドルやマンガはあった。でも「好き」という名のタネを植えても、芽が出始めるときには飽きてしまうことがほとんど。枯れた芽たちは、私を恨めしそうに見てるかもしれない。そう考えると怖い。
モノは違う。それはまるで石油ストーブのように、ほんのりとした温かさを一定に保ちながら好意を持っていられる。ただ人物となると難しくなる。
アイドルだったらライブに行って元気をもらえる、新曲がプレゼントのようなもの。そこには一方的ではなく、双方にとっていいことがある関係。
というのを頭では分かっているけど、なぜかその見返りだけでは満足できなくなってしまう。
プロデューサーのように、もっとこうしたら輝けるのにと思ったり。純粋にファンとして認識してほしいという思いも出てきたりする。
人物に対して好きが増すと、余計な欲と期待が大きくなってしまう性格なのかもしれない。もちろん、その欲は解消されないし、期待通りになることもない。「こんなに応援しても、なにかあるわけじゃないな」と好きの芽に水をあげなくなってしまう。
メディアを見てると、推し活を楽しんでる人たちをたくさん見る。その人たちはキラキラと輝き、日々がんばって労働してもらった報酬(給料)を惜しみなく推しに使っている。
そういうのを見ていると、げんきんな私は「そのお金で旅行に行きたいなあ」なんて思う。私は推し活の世界から離れたところに住んでいるようだ。
純粋に人を応援できる人たちに私は尊敬の念を抱かずにはいられない。もしかすると旅行よりも楽しいと思える推しに、出会えてないのかもしれない。いつかの推しのために、旅行は行かないでおこう。
補足:ここ最近、細々とした作業が多く、うまくリズムが取れないのでステップがおかしくなっています。

