子どもの日常

「ふつう」ってなんだろう、と思った夜

pes

ある晩のこと。「勉強するよー」と子どもに声をかけると、子どもが目に涙を浮かべながら「ふつう夜は勉強しない」と言い返してきた。鳩に豆鉄砲だ。

「ふつう」といわれると私もうーん、と悩んでしまった。『ふつう』とはなんだろう。子どもがいう『ふつう』は友だちから訊いたことなのか、それとも動画やアニメを見て「ふつうは夜勉強しないんだ」と思ったことなのか。なにからそんな風に考えたのか知りたくなったけど、こちらも混乱してたので訊けなかった。

『ふつう』という言葉はよく使うけど、あらためて考えてみると沼にのみこまれてしまうような感覚になる。はっきりした答えはなくて、まるで幽霊を虫取り網で捕まえるようなものだ。

そのときは『ふつう』について子どもと語り合うようなことはせず、まあ勉強をしました。『ふつう』に染まらないために。

私がまだ二十歳そこらのとき、友だちに「そんな格好をしてるとモテないよ」と言われた。そんな格好とはボーイズパンツにTシャツ、髪の毛はショートカット、化粧っ気はない。うーん、まあモテる格好ではないよなあ、と納得はするけどモテのために生きてないしな、とも思う。こちらもめんどくさいから、あははと顔が引きつってしまう。

友だちからすれば、私の格好が女性の『ふつう』から逸脱して見えてたのだろう。あららこのままじゃこの子はモテないから言ってあげないと、なんて思ってくれたのだろう。
でも毎回会うたびに、私の格好を(辛口)で評価してくるので、その友だちに会う日は「今日はなにも言われませんように」と空に向かってお願いしていた。
それでも友だちの評価は変わらない(もちろん私もテコでも変わらない)から、嫌気がさして会うことをやめた。私はべつにモデルでもなんでもないんだから、ほっといてほしいですね。

好きを押し殺してまで、『ふつう』になってもどうせいつかその反動がくることを知っている。知っているというか、実際に経験した。

私も世間が『ふつう』と定義しているルート(恋人を作って、結婚して、出産して⋯⋯)を「はあはあ」いいながら、えんやこらで進んできた。でも、私はいま『ふつう』からそれて生きている(あれこれと人生やらかした末に、気づいたらルートから外れていた)。とりあえず、いまは気が楽です。

『ふつう』は幸せの近道でもなんでもない。幸せは人それぞれ違う。だから、『ふつう』から逸脱してるなと思っても、あまり口うるさく言わないであげてください。わかってて逸脱してるんだから。まあ、そういうふうにしてなんとかやっていくしかないのだ。

「ふつうは夜は勉強しない」と言ってきた子どもには、そのあとユーチューブでいろんな子どもの一日の過ごし方を一緒に見ました。うーん、いろんな子がいるなと思うと同時に、あまりに出来がいい子どもを見ると、育て方を反省してしまいました。なんだかな。

子どももいろんな人がいることがわかったし、夜に勉強する人がいることもわかったからよかったです⋯⋯(最初から知ってるだろ)。

ABOUT ME
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日常エッセイスト
1984年生まれ。エッセイスト。 小さなできごと(いいことも、わるいことも)を、ここに書き留めています。
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