黒づくめの授業参観
今日は授業参観日。
小学校へ行くときは、黒い服と決めている。暑かろうが寒かろうがマスクをつけ、黒い帽子をかぶる。
まるでコンビニで強盗でもしてきたかのような格好で、うつむきながら子どものクラスへ向かう。
「こんにちは、○○ちゃんママ!」
誰かが、私のことを呼んでいる。声がした方向に顔を向けて、少し口角を上げ、目尻を下げて挨拶する。
「こんにちは」
あー早く、私のこと忘れてくれないかな。
幼稚園時代から、いやその前から「○○ちゃんママ」と呼ばれることにモヤモヤしていた。子どもと一緒にいるとワンペアとして括られる。それは対等ではない、まるで付録のように。人形のリカちゃんにもママがいた。残念ながら、私はママの名前を知らない。
「私は○○ちゃんママではない。私は私だ!」とは思ってない。アイデンティティがなくなっていく寂しさもない。でも「○○ちゃんママ」は苦手。子どもの知り合いが増えるたびに、私の知らない人が増えていく。
子どものクラスの前で授業が始まるのを待つ。知らない人が近づいてくると思ったら、
「あのぉ、○○ちゃんのお母さんですか?私、後藤勉の母です!」
あー、勉くんのお母さんか。ちゃんと挨拶しておかないと。
「そうです、いつも仲良くしてもらって。本当にありがとうございます。」
AIで事前にこしらえていたかのような台詞の連発。
本気を出せば気の利いた冗談も言えるけど(たぶん)、そんなことは求められてはいない。名刺交換で一発ギャグをしないのと同じだ。
今度は知らない子どもに声を掛けられる。
「この前、スーパーで見たよ!」
きみは誰だよ!と思いながら、
「ほんと!?」
とおどけた表情をする。
いくら黒子のような格好をしても、私は「○○ちゃんママ」として区別がつくんだなと感心してしまう。そしてよくもまあ声をかけてくるなと思う。
時間通り授業が始まる。
ザワザワしていた雰囲気が少し落ち着く。子どもたちは親に見られているせいか、ソワソワしてるようにも見える。身なりを整えた先生が、
「それでは始めましょう」
と号令をかける。
私は、静かに遠くから子どもの様子を見ている。幼稚園のときのように子どもの隣で一緒に作業することはない。
気づけば母子の距離は少しずつ遠くなっている。
これからは子どもの付録ではなくなるだろう。「○○ちゃんママ」と気軽に呼ばれることも、少なくなるかもしれない。
それは寂しいことなのだろうか。今はまだわからない。
補足:ジムのランニングマシーンで走ってるけど、暑くて汗がすごいことになります。この時期は難しいですね。

