習い事をしなくても死にゃあせん
子どもの習い事というのは、親もそれなりに大変だ。
私は「子どもには経験が一番。だから様々な習い事をやらせてあげたい」というタイプの親ではない。送迎、待つ時間、お金⋯⋯ごちゃごちゃ考えだすと放り出したくなるし、「習い事をしなくても死にゃあせん」と思ってしまう。
でも、子ども本人が「どうしてもやりたい」というなら話は別だ。やりたいことをやらせないのは、さすがにモヤモヤするので、そのようなときは私も覚悟を決めてやるようにしている。
「経験させることは悪いことでもないしなあ」と自分に言い聞かせて始めるけど、やはり習い事は大変だ。なにが大変って、子どもに付き添って習い事の場所まで行って、終わるまで時間を潰すのが大変だし有意義じゃない。
じゃあ子ども一人で行かせたらいいのに、と思うけど、交通量は多いし、時間帯も夕方、一人で送り出すには不安要素が多い(自転車の運転もままならない)。
そんなわけで子どもの習い事がある日は、私もしっかりと時間を取られる。
子どものレッスンの様子を見れるチャンス、と考えればいいのだろうけど。どうしてもチャンスだと思えない(そういうタイプです)。
なので、待合室でスマホを眺めたり。飽きたら近くの商業施設でぶらぶらして、無駄遣いをしたり。「私も頑張ってるから、待ってる間になにか食べよう」とお腹周りに贅肉をつけたり。レッスンを受けてる子どもとは対照的に、とても有意義とは言えない時間を過ごす。
それでも子どもが楽しく通えてるならいいかな、と思っていたけど、しばらくすると雲行きが怪しくなる。「あーまた習い事かあ」「疲れたなあ」とまず言葉のジャブが始まる。そして「今日はお休みしたいな」となり。「やめたい」となる。
私も早くやめたいので、「やっぱりそうだよね」とお互いの気持ちを確認して、これまでの健闘を称え、早々と退会の手続きをする。
きっとまた同じことを繰り返すんだろうなと思いながら。

