帰省は面倒。でも毎年している
もう早いもので年末ですね。一年が終わると思うと、よくここまでがんばったなと労いたくなります。まあどうせすぐに、新しい一年が始まるんですけど。たまには気を緩ませるのもいいかな。
いままで年末になると「早く年賀状を書かないといけないなあ」なんて思いながら過ごし、けっきょく十二月三十日ぐらいに赤いポストに投函してました。
小学生のころから年賀状の筆の進みは悪く、まるで学校から出された宿題をこなすような気持ちで書いてました。そんな苦行も数年前に終了させました。俗にいう『年賀状じまい』。
どうせSNSで「あけおめ」なんてなやり取りをするんだから、年賀状はお役目ごめんだとやめたけど、いまではSNSで「あけおめ」を送ることも億劫になってしまった。怠惰なほうへ進むと、より怠惰になるものですね。これからはSNSではなく、念で「あけおめ」を伝えられるようになるといいんだけど。
年末私は実家へ帰省をする。帰省は恒例のことだし、なによりしておかないといけない、という不思議な義務感がある。大人になると、子どものような無邪気な帰省ではない。
まず荷物のパキッキングで体力をガリガリと削られる。荷物は少なくしたいと思う自分と、なにかあったときように準備は怠らない自分の喧嘩が始まる。なかなか折り合いがつかず、お互いしばらくぷいっと顔も見なくなるときもあるけど、最終的にはなんとか収まってくれる。
帰省するとしばらく実家に滞在することになるから『ひまつぶし』も必要だ。いまは携帯があれば、ひまつぶしなんて朝飯前なんだろうけど、最近は携帯の小さな画面をずっと見てることができなくなった。恥ずかしいけど疲れてしまう。そうするとノートパソコンを持っていくのが一番なんだけど、なかなか重いんですよね。毎日かばんにノートパソコンを入れて通勤してる人たちからしたら、なに甘ったれたこと言ってんだと叱られそうです。はい、すみません。
子どものころは帰省することは非日常だったけど、いまでは日常の延長線にある。実家滞在期間の居心地を自分なりにつくり、できるだけ日常と変わらないように過ごす。そこに特別はもとめてない。あっても小さなものでいい。
帰省の道中の疲れを実家で癒やし、そろそろ疲れも取れたかなってころに家に帰る。
こんな面倒なことなんで毎回しないといけないんだろ、と思うこともある。でも、親が孫に会ってうれしそうな顔を見ると思い出す。このためだ。
ちなみに母は私の顔を見ると、口から文句がでてきます。

